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坐禅とは/坐禅の実践

「現代の不安と霊魂観念の構造」
中野東禅

「及ばずながら」(後篇)奈良康明

「及ばずながら」(前篇)奈良康明
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  現代の不安と霊魂観念の構造
 …霊魂観、業・因果観念の問題と仏教…
                              
京都市龍宝寺住職    
                                                中野東禅

                                            
 不安の時代に付け込む霊障・たたりの氾濫

 現代生活の中で、さまざまな形の不安が増大するにつれて、霊障、たたり霊、霊感商法、占い、霊能、開運印鑑…、霊にかかわることばや事件が氾濫しています。

 新聞の折り込み広告に載っていた宣伝に、次のような文章がありました。

 ●人間はどんな因縁をもっているか……水子の因縁・家運衰退の因縁・中途挫折の因縁・運気浮沈の因縁・我が子の運気尅する因縁・夫婦縁障害の因縁・夫婦縁破れる因縁・肉体障害の因縁・横変死の因縁・脳障害の因縁・癌の因縁・循環期系統障害の因縁・色情の因縁・財運衰の因縁・頭領運の因縁・子縁うすい因縁・産厄の因縁・偏業の因縁

 ●因縁の現れる病気……ノイローゼ(精神病)・リュウマチ・乳癌・子宮筋腫…

 これを見ていると、すべての人は、霊=悪い因縁≠ノ支配されていることになります。

 一九七五年以降に急に盛んになった宗教を「新々宗教」といいますが、こうした新しい宗教や生き神さま、占いの先生たちの一部に共通しているのが、中心に霊≠すえているのです。なぜなら、明治期の新興宗教は国家と生活苦が精神的な欲求でしたから「生活がよくなる」が答えで、しかも、維新の風の中にありましたから神道系が中心でした。

 戦後の新宗教は、天皇制・国家・神道への反発から仏教系で、家から開放された個人の救い、生活がよくなるでした。

 それに対して、一九七五年は、ベトナム戦争でアメリカが負け、石油ショックで経済は発展すると信じていた合理性の挫折でした。合理性の反対は非合理であり、それが霊魂に象徴されます。それで、この時代の宗教は日本人の内奥に潜んでいた、非合理の霊魂観が表に出てきたわけです。その論理の特徴は、不幸の原因を霊のせいとして「霊の供養によって、あなたの運が開ける」といいます。

 「私とはなにか」「私はなぜ死ぬのか」という時、本質的な問いかけのないまま、病気や不幸という恐怖や不安の説明に霊を利用するのです。それを説明原理といいます。こうした、人々の不安につけこんだ代表的なものが、霊感商法といわれるものです。

 人は人生の不安や、運命の不可解さの前に立たされたとたん、責任ある生き方よりも、大きな神秘的な力の支配をあてにする$カき方に魅力を感じるようになるのです。

 しかも困ったことには、霊といい業といい、因果、輪廻など、霊感商法で使われるほとんどの言葉は、仏教用語をそのまま使って、もっともらしく語られるために霊の恐怖≠ノよってゆがんで解釈されたこれらの言葉が、あたかも伝統的な仏教の本義であるかのごとくに受け止められてしまうのです。

 たしかに仏教でも、お盆やお彼岸などの「先祖まつり」を行いますから、こうした霊感商法でいう霊と、仏教でいう霊は同じだと思ってしまう人が多いのです。

 

 「おびえ罪悪感」がひきおこした「命日反応」

 五十歳代の、外に仕事をもっていたA夫人です。その人の義母は心筋梗塞で亡くなりました。ところが、その四十九日法要の日に、夫人は軽い発作を起こしました。幸いにたいしたこともなくすみましたが、二年後の三回忌の法要の間際になって、今度はかなり強い発作が起こったのです。

 親戚の者が誰いうとなく、亡くなったおばあちゃんがうかばれていないからにちがいない、たたりにちがいないから、霊をしずめるお祓いをしてもらうようにと言ってきます。

 しかし、病状はかなり重篤でしたから、お祓いどころではなく、病院で精密検査をしてもらいました。医師は、この夫人の心臓には特に異常がないことから、心因性の発作の可能性があると判断して、心療内科の先生に診てもらうことにしたのです。その結果、この夫人と義母との人間関係がもとになった「おびえ罪悪感」から起こる、「命日反応」だということがわかったのです。

 この夫人は、外で働き、家事や育児を義母に任せていた事に対する義母の非難と、それへの反発やら、仕事へのプライドがあり、それが内心で義母への罪悪感となって混沌とよどんでいたのです。その口うるさい義母が早くいなくなればいいのに≠ニいう思いが心の底にあり、そんな折に、義母はなくなったのです。心筋梗塞で苦痛にゆがんだ義母の死に顔を思い出すのです。一方、息子の嫁に対する潜在的不満が蓄積されていました。自分が義母の立場になって、おばあちゃんにああしてあげればよかったという思いが、気持ちを錯綜させていました。それで命日が近づいて「心因性の発作」となって現れたことがわかったのです。

 霊の恐怖は愛があったら起こらないのですが、このような葛藤が、たたり観念を引き起こします。それを効果的に解消するのが「感謝による供養」なのです。

 

 日本人の霊魂観念の構造

 そこでまず日本人の霊魂観念を整理してみましょう。

 (1)亡くなったばかりの死者や、異常な死に方の死者、トラブルのあった死者は、落ち着かなくて、怖い霊魂で「荒 ( あら ) 魂 ( みたま ) 」といいます。

 (2)そのような霊魂は、時間を掛けて浄めて行く必要がある。それは「霊の浄化」であるといいます。

 (3)時間を掛けて浄化された霊魂は、めでたい霊魂で、「和 ( にぎ ) 魂 ( みたま ) 」(先祖)だといいます。

 そして、(1)の「荒 ( あら ) 魂 ( みたま ) 」は、人間の悪の心に共鳴して「祟り」を及ぼすと考えるわけです。それは霊界が人間界を「支配@」しているのでという論理構造です。

 それに対して(2)の人間による「霊界の浄化」は、人間が「霊界を操作」しているのだと考えられます。

 そして(3)の「和 ( にぎ ) 魂 ( みたま ) 」は人間界に病気治しや、恩恵を与えるという形で、人間界を「支配A」しているという論理構造になっているということが分かってきたのです。

 要するに、「荒 ( あら ) 魂 ( みたま ) 」は人間側の恐怖心の鏡であり、「和 ( にぎ ) 魂 ( みたま ) 」は人間の感謝の鏡なのです。そして「霊界の浄化」は、死者への人間の負い目の代償行為だということが分かります。

 これらはどうも縄文時代からある日本人の深い霊魂観念だというわけです。

 

 「先尼外道の見」批判にみる民俗と仏教の戦い

 そうした日本人の「霊界観念」を、仏教の「仏の力」のように言い換えたのは、平安時代の下層の僧侶たちで、その説を「天台本覚法門の霊魂論」というようです。 そうした論理は、各祖師にも道元禅師にもありません。『正法眼蔵』では「先尼(セーニカ)外道」の見として繰り返し批判しています。比叡山における道元禅師の師だった宝智房証真(〜一二一四)さんの論文と道元禅師の先尼外道の見批判は全く同じであり、当時比叡山では、こうした霊界論と正統仏教との論争が行われていたということが分かるのです。因みに宝智房証真さんが亡くなったので一二一四年に道元禅師は三井寺公胤さんのところへ質問に行くのです。

 仏教では男と女、健康人と病人、背の高い人と低い人などの命の違いを「差 ( しゃ ) 別 ( べつ ) 」といいます。しかし社会的に抑圧する場合は「差 ( さ ) 別 ( べつ ) 」といいます。

 「先尼外道の見」とは、現実には、支配者と被支配者、搾取する立場と収奪される立場などの区別があるが、それは大きな海の表面の波であって、死んだら皆平等な大海(霊界・性海ともいう)に帰るのだから、現実の差別で悩む必要は無い、という説明原理です。 これが仏陀時代のセーニカ外道の説であり、平安末期の「天台本覚法門の霊魂論」といわれる論理なのです。それによって、現実の不条理を肯定しつつ死後は霊界で平等というのです。そうした民俗仏教批判が『正法眼蔵』の「先尼外道見」批判だったのです。

 

 知性と感謝で恐怖霊を智慧に昇華する

 人間は十歳までは親が絶対で自己存在に疑問は持たないといいます。

 十歳すぎる頃から、自分の顔つきや、運命や、親などの不条理について疑問を持ち始めます。しかし、考える力がありませんから、神秘的な力の支配として説明しようとするので、小学校高学年から中学生くらいまでは「霊」が流行るのだそうです。

 ところが思春期後期になると、現実を受け入れる力がついてきて、男とか女とか、父親や母親の特徴欠点などを受容して自分の不条理は「現実」で「無条件」なこととして納得できる知性が成立してくるのだといいます。そして、先祖祭りは(2)の知性的人生観とダブって感謝型になって行くのだそうです。

 ところが、この時に正しい人生観・知性的態度が成立していないと、「霊・まじない」的論理になるというのです。ここで、「霊・まじない」的論理が知性的精神の反対にある事がよく分かるわけです。

 過去のしがらみを背負って現在を生きる

 日本人「業が深い」などと使いますが、仏教本来の意味は、心と行為の総合性のことです。因果は「縁起」という言葉を時間的に見たものです。

 さて、このような「業・因果」を簡単に整理してみましょう。

@依報 ( えほう ) (存在のよりどころとなる環境)

@ー2 正 ( しょう ) 報 ( ほう ) …(個体。環境によって支えられて生命活動をする個体)

A旧 ( く ) 業 ( ごう ) (行為の基本となる命。男とか虚弱とか、ホルモンの影響などの身体状況)

B宿 ( しゅく ) 業 ( ごう ) (生命や心に染み付いた習慣や、コンプレックス、潜在意識)

C共 ( ぐう ) 業 ( ごう ) (個人の責任ではなく社会や環境の影響による行為の責任…戦争や感染症)

Cー2不 ( ふ ) 共 ( ぐう ) 業 ( ごう ) (個人の責任による行為。自業自得な行為の責任9

D異熟業 ( いじゅくごう ) (原因から結果に至る間に心を通すために、因と果の間に変化する性質)

E三 ( さん ) 時 ( じ ) 業 ( ごう ) (a今の行為の影響が今    結果となる)

(b今の行為の影響がしばらく後に現れる)

(c今の行為の影響がずっと後に現れる)

F新 ( しん ) 業 ( ごう ) (@〜Eまでを背負って時々刻々新しい行為をする)

Fー1迷いと苦しみの輪廻(愚かさを繰り返してしまう心と行為のこと…引業)

Fー2別 ( べつ ) 解 ( げ ) 脱 ( だつ ) (ハラダマイモクシャという。気付きによって愚かさを繰り返さない事…善き行為の選択で過去の善を熟成させるから「満業」ともいう)

 ここで分かる事は、仏教の教えは、人間の現実は様々なご縁の集合体であって、そのおかげで私という事実≠ェあるのだから、そこから逃げないで、そこを責任主体として丁寧に生きるのが私≠サのものだという事です。つまり「過去のしがらみを背負って現在を丁寧に生きる」のが仏教の業・因果論だという事が分かるのです。

 それを百丈懐海は「これを車となして因果を運載す」(『正法眼蔵・仏性』)といいます。

 

 逃げず、ごまかさず責任を持って生きる

 お釈迦様は、「あるものが花であり、あるものが牛であり、あるものが人間であるというちがいは生まれつきであるが、人間という同じものが、あるものは牛飼いであったり農夫であったり、宗教者であったり、悪人であったりするのは生まれつきではない。それはその人がそのようにあることでちがっているのだ」(『スッタ・ニパータ』六○)と言っています。命の違いは本人の選択や責任ではないが、職業や、善悪などは人間の自主的な意志によって人のあり方がきまるのだというのです。

 ところが、私たちが行った善や悪の行為とその結果やしがらみや心の染まったものはのがれようがないから、ごまかすことはできないともいっています。(『法句経』一二一)

 このような自己の行った業に支配され、その愚かさをまた繰り返して、愚かな業の再生産・上塗りをすることを「輪廻」といいます。それに対して、その責任を背負ってゆこうという決意をし、二度とこんなおろかなことはくり返すまいと発願することをすすめるのです。その発願を「自 ( じ ) 浄 ( じょう ) 其意 ( ごい ) 」(自らその意を浄める)というのです。(『法句経』)

 そのとき、おろかさや悪は二度と行われず、おろかな心や行為は「よりよき業」によっておおわれていると思います。(『テーラー・ガーター 長老偈経』八七一) そういう行為は「別解脱」といわれます。別とは一つ一つ解放されることです。

 このように、釈尊の業論は、受け身の業論ではなく、現在の私がなにを発願し、どちらの方向にゆこうとしているのか、という自由意志のあり方をすすめる業なのです。こうした立場から「我は業論者なり、我は精進論者なり」といっています。このように、自己の運命としての業から逃げ出さず、ごまかさず、責任をもって生きてゆこうとする態度を「深 ( じん ) 信 ( しん ) 因 ( いん ) 果 ( が ) 」といいます。あるいは「不昧 ( ふまい ) 因 ( いん ) 果 ( が ) 」といいます。因果の真理に昧 ( くら ) からず、ごまかさず、ということです。

 

 さとりを念じ、仏を念じ安らぎを祈る

 お釈迦様は『長老偈経』八七一偈に次のようにいいます。

 「さきにおのれのおかせる悪業をいまや善業をもっておおう者はあたかも雲間を出でし月のごとくこの世間を照らすであろう」

 人間は過ちを犯します。しかし、それに気が付いて反省し、次に善い事を行い、発願すれば、それが世間を照らす、というのです。

 負い目や霊や、悪因縁に支配されていると思いこんで、その支配力を当てにして、運命を自分のご都合に変えようとするかぎり、真に善を祈る勇気は出て来ません。 仏教は、病気や老化や死という存在の事実を自分の都合のよいように変えることを願うのはまちがいだとみます。それは自分が人間であったり髪が黒かったりすることを変えようとする事と同じで、問題の解決にはならないのです。発願や念ずる事が大切なのです。 お釈迦様は次のようにいわれます。

 「多くの聖なる河で、愚かなる人々はつねに浴すれどもその悪業は浄めらるることなし。内に悪しき思いをいだける者、また罪あやまちをおかせし者の悪業の深きを、河は浄めじ。心きよき者には常に春祭 ( 心に喜び)あり。思いきよき者にはつねに布薩(懺悔 ( さんげ ) )あり。心きよく、行いきよき者にこそ加行(修行)おのずから成就するなり。(『水浄梵志経』)

 こころに浄らかさへのあこがれがなければ、どんなに聖なる河で沐浴しても悪業は浄まらないのです。逆に人のこころは縁が熟せば、必ず浄らかさに共鳴するのです。

 だから「懺悔」すれば悪の余力は消えて、重大な悪の習慣や罪が軽いものに変わりうるというのです。私はおろかさに気づかされるのです。気づかせてくださるのは仏のいのちからの呼びかけであり、自己のいのちの本源からの呼びかけです。その共鳴を「感 ( かん ) 応 ( のう ) 道 ( どう ) 交 ( こう ) 」といいます。それが霊の恐怖をこえ、転化してゆくのです。現代のまちがった霊魂観念に対して正しい知識と感謝の功徳を敷衍してた、人々に安心を伝えていって頂きたいものです。

 
 

  「及ばずながら」(後篇)
                                               奈良 康明   
                                         東方研究会常務理事   
                                           駒澤大学名誉教授   

1. 前編に「及ばずながら」と受けとめるより他に生きようがない、などと書いたら、もう少し詳しく書け、とリクエストされました。有り難いと思うと同時に、面はゆい気がしないでもありません。自分の未熟な過去の体験を〜今でも未熟なことは変わっていないのですが〜さらけ出すことに連なるからです。
  私は不器用で、愚直な人間です。それだけに、釈尊や祖師方の書かれたものをそっくり信じ受けがいたいと思っています。また、仏祖の教えですからそのまま信受するのは当然のことではありましょう。そう思っているのですが、それにしてもその教えにしたがって生きることはまことに難しいことです。
  釈尊が「奮起せよ、坐して瞑想せよ、眠っていて何の役に立つのか。矢に射られて苦しんでいるものが、どうして眠ってなどいられるのか(『スッタニパータ』三三一)」というのは、当時の沙門と現代の私たちとの社会における在りようの違いを踏まえた上であっても、それなりに受けとめたいし、同じことを道元禅師も「無常迅速なり、生死事大なり。しばらく存命の間・・・ただ仏道を行じ、仏法を学すべきなり」(『正法眼蔵随聞記』二・八)と言われています。信仰生活の究極をいう教えです。一般論としてはその通りだろうと思います。私もそう受けとめています。しかし主語を一人称に変えて、この「私」がどこまで出来るかと言ったら絶望的です。
  しかし、仏典祖録の文言はそれをやれ、といっています。「示して曰く。仏々祖々、皆な本は凡夫なり。凡夫の時は必ず悪業もあり、悪心もあり、鈍もあり、痴もあり。しかれども皆改めて知識に従い教行に依りしかば、皆仏祖となりしなり。今の人も然あるべし。我が身おろかなれば、鈍なればと卑下する事なかれ。今生に発心せずば何の時をか待つべき。好むには必ず得べきなり。(『正法眼蔵随聞記』一・一三)。現実にも先輩の学者や師家、指導者の方々はそれが修行だ、悟りだ、そこまで行かなくて駄目だ、と叱咤激励してくれます。〈そんなこと出来るものか〉と私は索漠として、「一抜けた!」とボヤいていました。
  理屈としてはこれも仕方がないことだとは判っています。原始仏典でも祖録でも、信仰の在り方や悟りの境涯などがズバリと示されています。理想的な在り方をこそ示しているわけですし、それを自分のこととしてどう生かしていくかは私たちの問題です。だからこそ、釈尊は「仏は説くのみ・・実践するのはお前たちだ・・」とはっきり言っています。それは判っているんです。しかし、現実には、あるべき理想があまりにも大きく重く前方に立ちはだかっている。どうしたらいいのか、と愚直な私は迷ってしまいます。

2.私は故酒井得元先生に大変お世話になった人間です。昭和二十六年五月から先生が亡くなられた平成八年十一月まで、毎月一回、自坊で提唱と坐禅を指導していただきました。私が駒大の教員になった以降はより頻繁にお会いして、いろいろと教えられました。その頃は随分失礼な質問をして先生を困らせた記憶があります。例えば、道元禅師は「一生参学の大事ここに畢れり」と言い切り、「眼横鼻直なることを知って空手還郷」と言われています。単なる理論ではない、身体に染みわたっている確信があるからこそ、こう言えるものでしょう。当然どこかで禅師が回心した体験、そうか!と深く肯いた体験、がなければなりません。
  今までは、それが如浄禅師の下で修行していた時の有名なは「身心脱落、脱落身心」のエピソードである、それが曹洞宗の起源だ、などとまでいう議論もありました。しかし最近ではこのエピソードは史実ではない、という研究が出ています。学問研究がそう言うなら、私はそれを受けがいます。私には大したことではありません。しかし、それならばそれで、禅師の如浄下における修行の何時かの時点で、何らかの形で、法、真実に肯いた体験があったに違いありません。それが文献に出てこなければそれはそれでよろしい。ただ、その悟り体験があったことだけは禅師の発言と生き方から間違いないことでしょう。
  そんなことを考えていたものですから、私は酒井先生に「先生が、只管打坐とは人間が坐るのではない、仏として坐るのだ」とか、「判った、と言ったら、もう真実ではない」などと確信出来たのは何時ごろ、どのようにですか、などと聞いて怒られたりしていました。先生も答えに窮したと思います。
  しかし、後になって、「宗門には醇熟という言葉がある」と教えていただきました。これは私にとっては大きな救いでした。これなら判るし、僅かながらも、自分で体験しているからです。つまり、禅信仰の在りようを教えられた通りに、知識として受けがっているものの、身体で肯いていない。しかし、それを抱え込んで生きているうちに、ある時ふと、「そうか、お師匠さんの言っていたのはこういうことだったんだな」という深い思いが出てくる。身体に肯づかれてくる。確信になってくる。こうした小さな体験がつみかさなって、禅の信仰に生きることの意味が少しづつ実感されてくる。こういう体験は多くの方が持っておられることと思います。ふと振り返るともう後戻りできない。

 知識とそれに応じた生活体験が少しづつ「熟し」てくるんです。

 少しづつ熟してくる、ということは今は未だ熟していないことが沢山あることですし、そこで気がついたんです。仏典祖録の教えがレヴェルが高すぎる、受け入れがたい、というのは、そこまで行くプロセスを抜いて考えているからなんです。いわば「向上門」的な立場で説かれてない。脚下照顧、足下を見よ、などとは言いながらタテマエ論が強すぎるのです。禅の伝承はこの点では不親切だと思いました。一人で苦労させ、黙ってついてこさせるという教育があることは知っています。むしろ僧院での修行はこうした突き放した指導が伝統的です。それはそれで判るけれども、迷いながら、あがいている際に、理想どおりには行かないのは当然、しかし理想に向かって「及ばずながら」も誠実に歩いていけばいいのだ、未熟なことを反省し、懺悔しつつ行くより仕方がないではないか、という激励の仕方はあってもいい。それは迷いながら歩いているプロセスそのものをとにかく意味づけてくれる。こうした「老婆親切」的な教えがない。「及ばずながら」というのはそういう生き方だと考えています。(前号に紹介した道元禅師が仏道の歩き方に関し、「到彼岸」(彼岸に至る)から「彼岸到」(彼岸は至れり)と転換した例をご参照下さい。)

3.悟りの生活などという大事 ( おおごと ) ではなく、より日常的な慈悲の実践については、よけい「及ばずながら」という受けとめ方、歩き方をせざるを得ないと、考えています。慈悲はどのようにどこまで及ぼせばいいのか。仏典は例に依って「(独り子を命をかけて護る母親のように、)生きとし生けるものすべてに無量の慈悲を及ぼせ」(『スッタニパータ』一四九)などと壮大なことを言います。これは不殺生、不傷害、そして社会的行動としては戦争反対にまで発展し、適応し得る教えです。

 慈悲の及ぼし方には、現実には、いろいろな広がりがあるんです。

 まず、仏教、禅信仰の究極は自己に向かい合うことでしょう。仏法という「無我」の世界〜人間の意志、意欲とはかかわりない世界〜に向き合って自己を確かめていく、その端的な行為が坐禅です。僧院生活の目指すところも同じです。仏道を(及ばずながらも、誠実に)歩いていくことが悟りの実践でしょう。これは、宗教的には、自己の救済であり、個人的救済です。仏教は老病死という自我の問題に悩んだ釈尊以来、「個」を救済することを最重要なテーマとしてきました。だからこそ、自らも坐ると同時に、他者をも坐らせることが利他行だとされてきました。社会的事象には大した関心を払ってきませんでした。
  これは間違ってはいません。正解なんです。仏教は基本的には個人的救済を主眼とする宗教で、社会的救済は在俗信者の仕事とされてきました。正解ではあるが、しかし、今日では「それだけでいいのか」と問われる社会になっています。今までの「僧侶」は「出家」であり、とにかく社会を出た人と理解されてきました。だからこそ、僧侶が個人的救済に専念する(〜教団の現実はそう綺麗ごとですんではいませんが〜)ことも、好意的に見れば、許されてきました。今日では私たち僧侶は完全に社会内存在です。宗教者としての社会的責任が問われています。個人的にも教団としても、社会的事象に少なくとも関心を持たざるを得ない時代になっています。「社会参加型仏教」(エンゲージド・ブディズム)という「方向」は正しいのです。
  では内なる自己に向き合う局面と、外の社会に働きかける局面とはどうかかわるのでしょうか。私は個人的救済か社会的救済か、と二者択一に考えることは間違っていると思います。結論を端的に言うなら、私はこう考えています。
  「自未得度先度他」という言葉があります(『正法眼蔵』「発菩提心」)。自らが悟る悟らないにかかわらず他を救う。利他行の極致です。そのためには菩提心を発します。発菩提心とは慈悲の心を起こすことですが、その慈悲心を端的に社会救済運動に直結する受けとめ方がしばしばあります。そうではないので、道元禅師はこの言葉について「世間の欲楽を与うるにあらず」と示されています。発菩提心とは、他者の苦しみに自らの心もいたみ、何とか救いたいという利他の心を起こすことです。その心で仏道を(及ばずながらも)歩くことなんです。
  だからこそ利他の具体的行為としては、自我に悩まされ、自分を見失っている人の(個人的)救済にはげむ信仰者がいます。同時に矛盾に満ちた世界、社会的脈絡の中で人びとを救う(社会的)救済に力を尽くす宗教者もいます。どちらでなければならない、という二者択一の問題ではないんです。悩み苦しむ人びとに出来る限り同調し、自らの心をいため、何とかしたいと誠実に考えるからこそ、信仰者それぞれの性格や考え方、立場に応じていろいろな形で働き出すものでしょう。社会的に何もしないから仏教者として認められない、と言うのは行き過ぎです。自ら坐禅し、他を坐らせ、一個半個の救済をすることが禅者のつとめだ、社会的に何かをすることなど余計なことだ、というのは言い過ぎです。それぞれの慈悲心のおよぶところ、自分なりに何をするのかは自ら誠実に考え、受けとめ、選んで行くことだと私は思います。
  しかし、それではオレはこうすると自分で勝手に決めればいいんだ、何でもいいんだ、と安易に考えられると、仏教信仰の意味を失います。宗教信仰はルールではなく、私たちの自覚と意欲、つまり利他の心と真摯に向かい合うことでしょう。「法に誠実に、信仰者としての自己に誠実に」という姿勢があってこそ、宗教者の多彩な活動が期待されます。
  仏教者として自分は何をどのように受けとめ、どう生きたらいいのか。この問題はやはり「及ばずながら」と誠実に、そして懺悔を繰り返しながら、生きていくより他に道はないものと私は受けとめています。

 

 

  「及ばずながら」(前篇)
                                               奈良 康明   
                                         東方研究会常務理事   
                                           駒澤大学名誉教授   

 本稿は平成 19 年11月17日及び20年2月9日に行われた宗侶研修会における講義
をふまえて、新たに書き下ろしたものである。このときにテーマは「仏教の知恵と慈悲の形」
ということであったが、その実践に関わる姿勢として、私は「及ばずながら」をキーワードとし
て語った。本稿は与えられた紙数の関係もあり、この及ばずながらという言葉を中心テーマ
として、筆者なりの仏典の読み方、受けとめ方、そして私たちの生き方を述べてみたい。


1.仏祖の原点にかえる、ということ
  仏祖の原点に返れ、とはよく言われる言葉です。
  仏祖の教えは私たちが今日においても仰ぎ見、範として従いゆくべき信仰の基本です。
ですから、時代がかわり、社会状況が変化することに応じて、常にこの原点に立ち返り、信仰を新鮮なものにしてゆくのは当然のことでしょう。
  特に現代は仏祖の時代と大きく変わっています。釈尊の時代には出家とは文字通り「家を出た」修行者でした。つまりホームレスの生活をするのが沙門で、徹底した無所得の生活の中に自我欲望を抑制した生活でした。中国、日本でも僧侶は社会を出た存在として理解されてきましたが、しかし、屋根のあるところに住みましたから、それだけでも古代インドの沙門生活とは大きくかわっています。
  そうした生活条件の変化にかかわらず、正法は伝持されてきました。正法は時代・社会の変化に応じつつ、しかし、着実に伝持されるべきものです。
  嘗ての出家、沙門とは異なり、現代の私たちは完全な社会内存在です。現実の生活も完全に世俗の生活ですし、客観的にも社会の一員とみられています。それだけに仏教者、僧侶としての社会的責任が問われるのは当然です。
  世俗の生活にありながら、出家者としての意味をどう主張するのか。ここに現代の出家者の「出家性」が問われなければなりません。釈尊の時代の出家の生活に戻れ、という主張は現実離れしていて、現代の教団を否定し、同時に法の伝承を無にする意見です。外部からの無責任な発言ならいざ知らず、教団を護持し正法を伝持していく義務を負う私たちには
肯( うべな ) えません。教団のかかえている種々の矛盾を乗り越えながら、現代の出家性を主張する必要があるのですが、そのために「悟りの生活の実践」が要請されています。

2.悟りとは何か、という疑問
  そう言うと、悟りなどとはとても遠いもので、その実践など出来ない。それこそ非現実的だと言われるかも知れません。たしかに悟りとは仏祖の説く理想の境涯ですし、そう簡単に実現出来るものではありません。
  しかし、考えてください。釈尊はたしかに悟りを開かれました。そして、悟りとはなにか、悟りの生活とはどういうものか、を説きました。中国の禅僧の事蹟を見ても、すぐれた禅僧の悟りの境涯は多くの語録に残されています。悟りは仏道修行の究極の理想ですし、悟りのない
仏教はありません。
  しかし、釈尊の時代から今日に至るすべての出家、修行者が悟りを開いたわけでは
ありません。釈尊の弟子たちの中で悟りを開いたのはごく少数です。禅の伝承においても、
きびしい修行を経ながら悟りを開かなかった、ないし開けなかった修行者が多くいたことは
知られています。
  それでは仏道修行は悟りが開けなかったら意味がないのでしょうか。悟れなかった修行者の修行は無意味だったのでしょうか。そんなことはないので、一つには、トップクラスの修行者を支える無数の修行者が、あえて言えば境涯の進展に応じて、三角形型をなして下から
禅の修行体系を支えていたことは疑いありません。つまり「教団」ですが、教団という基盤があるからこそ、悟りの伝承は受け継がれ、正法は伝持されてきました。
  こういうと、いかにも悟りを開かなかった修行者たちは悟りを開いた一握りのエリートの
予備軍で、そのための下積みだった、などという考えに陥りがちです。しかし、第二に、
悟りを開かなかった修行者の修行も他に代え難い実存的意味をもっています。これは悟りという言葉をどのように理解するかということにかかわってきます。私は「悟り」を、「開いた」 、
「開かなかった」、と二者択一的に捉えるのは正しくないと考えています。
  たしかに菩提樹下での釈尊の悟りは釈尊の体験です。自我を超えたところで行われた
真実、正法への目覚めです。中国以降の禅僧の悟りにも激烈な内心の転機が語られて
います。「見性」体験という言葉もありますし、そうした宗教現象があることは無論私は否定
しません。しかし、同時に,特に僧院に於いて、これぞ仏の生き方 ( 行履)であるという行為を学び ( 真似び),坐禅という無我の世界に身を置く行を実践していくうちに、ふと気がつくと
もう後戻りできない世界が開かれて、 肯 ( うなず ) かれてくることはしばしばあります。
そして深まってきます。酒井得元先生はこれを「醇熟」という言葉で教えて下さいました。
  見性も悟りと呼んで差し支えないでしょう。しかし重要なのは真実への目覚めだけでは
なく、それに導かれた「仏道を生きる」行為そのものなのです。私の誤解でなければ、臨済系の修行では見性体験の後に「悟後の修行」があって見性体験を生活化します。曹洞系では先ず仏の生活、つまり悟りの生活を身体で実践させ,次第に醇熟をまつ、という修行方法を
とります。そうした生活自体に意味があるものでしょう。
  悟りを一瞬の目覚め体験と見るか,それとも仏道を歩み続けるプロセスとみるのか。
私は後者の方が仏道の実践という面からみると、本筋のようにうけとめています。

3.仏祖の教えは理想目標
  釈尊の教えを一例として出します。
   私には子供がいる、財産がある、と(誇らしげに)思いつつ、
人は(それが失われないようにと)悩む。しかし、すでに自分が自分ではない。
どうして子供や財産が自分のものであろうか。                                (『ウダーナ・ヴァルガ』1.20)
  財産や子供は普通には人生に張り合いをもたらすものだが、しかし、一度それが失われると苦悩が生じる。それは執着しているからである。そもそも自分さえ自分でどうしようもない
存在ではないか。ましてや子供や財産は他者にすぎないのだから、執着して苦しむのは
よせ、ということですし、この詩はさらに、だから財産や子供は持つな、というアドヴァイスを
含意しています。つまり、世俗の生活を捨てよ、と言っているので、つまりこの詩は出家生活を念頭に置いた教えです。
  この教えを私たちは字義どおりには受けとれません。何故なら私たちは社会生活をして いるのですし、古代の沙門とは生活様式が違います。大切なのは、釈尊がここで何を言いたいのか、という真意をこそ受けとめ、それを現代社会に生活する私たちに応用問題として受け
とめ,努力していく、それこそが「釈尊に戻る」生き方でしょう。
  すなわち、ここでは真実を受けとめ、極力それに随順して生きていくところに、仏教者としての心の安らぎを得つつ生きていく生き方が可能になってきます。それこそが仏道を生きる方法であり、釈尊はそれを四諦八正道としてまとめて説いています。「人生は苦なり」、「苦の原因は欲望なり」、だから「欲望を抑制すれば苦もまた超えることが出来る」。そのための「実践が八正道」ということで、どなたもご存じの仏教の基本であり、悟りに導く道だと教えられています。同時に、これはしばしば軽視されるのですが、八正道は悟っても同じ道を歩き続けるのであって、八正道とは悟りへの道であると同時に悟りそのものを歩く道なのです。

4.悟りとは仏道を歩くプロセス 
道元禅師も同じことを「彼岸到」というすばらしい教えで説きます。
    波羅蜜といふは、彼岸到なり。・・・到は現成するなり、到は公案なり。修行の彼岸へいたるべしともおもふことなかれ。これ彼岸に修行あるゆえに、修行すれば彼岸なり。この修行、
かならず偏界現成の力量を具足するがゆえに。(『正法眼蔵』仏教)
波羅蜜 ( 多)は通常「到彼岸」、つまり「彼岸に到る」と訳されています。禅師はそれを敢えて、「彼岸到」すなわち「彼岸は到れり」と理解します。彼岸とは無論、仏道修行の目的であり、
修行の完成のことです。しかし、彼岸をどこか彼方の目標におくと、そこに到るまでの道程は無意味なものにならないでしょうか。そしてどこまで行ったら完成するのか、という疑問も出てきます。禅師は仏道を「道を歩く」ものと理解されます。これは釈尊が悟りを(四諦 ) 八正道を歩くこととするのと全く同じ姿勢です。そして、道を歩きだした最初期にはよろけたり、気力を失ったり、戻りたくなったり、しっかりと道を歩くことは難しい。しかし、次第に足腰がしっかりと歩けるようになり、道を歩くことが万事に「熟して」きます。自信も出てくるし、それに応じて
知的に理解していた教えの意味も深く 肯 ( うなず ) く。それがまた実践をより確実なものとしてくる(「行持道環」)。
  禅師は最初期の歩き方と、しっかりと歩けるようになったときとの違いを「劫火」 ( 宇宙を焼き尽くす火)と「蛍火」に喩えているのですが、それにも関わらず、仏道を歩いていることには変わりありません。そして道を歩くことは死ぬまでつづきます。だからこそ、何時、どこに着くのかと問うことはありません。どこまで行っても歩くという修行はあるものだからこそ、禅師は道を歩くことが修行であり、道を歩くことが全世界の真実をあらわす悟りであり、だからこそ「彼岸は既にここに到っている」と言うのです。
  信仰を起こす、ということは具体的には菩提心を発すということでしょう。仏道を信じ、実践し、出来るだけ人々のために役立つ存在になろうと決心する。しかし、最初から100点満点の歩き方などとてもできません。自らの力のなさを自覚し、反省しながら、しかし、「及ばずながら」も最大の努力をしていく。この際に大切なのはあくまでも仏教者としての自覚なので
あって、「法に誠実に」、そして「信仰者としての自己に誠実に」生きていくことです。どこまで出来るかではありません。誠実に歩くことです。
  仏道を歩くことは誰にでも開かれています。しかし誠実さがなければすべてが崩れます。
悟りとは無縁の似非仏教者になってしまいます。

 

 ■平成20年度「禅をきく会」角田泰隆老師講演(平成21年3月26日)

 皆さんこんにちは、初めまして。「こころの時代」の放送をご覧の方には、今日もまたお目にかかりました。角田泰隆と申します。

 身内や友人からは、「角田さん、テレビ写り悪いね」という風に言われます。ちょっとがっかりするんですが、「本物の方がいいということだよ」と言われてニコッとしたりもします。テレビでは私も意識して落ち着いて話すようにしておりますので、年を取って見えるのだと思いますが、実際の方が若く見えますでしょうか?こんな感じでございます。

 今日は大勢の方においでいただきましてお話をさせて頂くわけですが、私、お袈裟をかけて参りました。このように衣を着てお袈裟を掛けるのは、お葬式か御法事の時の支度のように思われるかもしれませんが、実は僧侶が説法をする時は、お袈裟を掛けてするというのが正式な服装です。ということで今日は最も正式な服装でお話をさせていただきます。

 最初に眠くならないように「欠気一息」という深呼吸がございます。これで心機一転できますので皆さんで行なってみましょう。まず鼻から大きく息を吸います。口から吐きます。ため息をつく時のようです。ジワジワと息を吐くと効果が無いので、息を吸ったら一気に吐きます。八割の息を一気に吐いて残りの二割をゆっくり吐きます。このことを坐禅の前には必ず数回行います。これによって新鮮な酸素が頭の中にたくさん取り入れられて、頭の中が活性化するんです。

 さて、お手元の難しそうな資料をご覧頂きます。今日は「現代と仏教」というテーマでお話をさせていただきます。

 まずはじめに私と仏教との出会いについてお話をさせていただきたいと思います。出会いといっても私が生まれ育ったところはお寺です。長野県の南の方に常圓寺という、小さいと言いたいところですが、大きなお寺があるんです。とても檀家さんが多いので、檀家さんから言わせますと、和尚さんそんなに講演に出かけてるどころじゃないよ、というくらい忙しい寺です。

 私は、お寺で生まれ育ちまして、小さな頃は本当にごく普通の小学生であり中学生であり、高校までは髪もふさふさとしておりまして、普通の高校生活を過ごしておりました。ただ小さな頃から亡くなった祖母に「お前はお寺に生まれ、仏飯(ぶっぱん)をいただいて育ったんだから仏道をいきなさい」とよく言われておりました。小さい頃はよく分かりませんでしたが、「仏飯(ぶっぱん)」というのは仏様のご飯ということですね。仏様にお供えしたご飯を下げてきて、それをいただいてお前は育ったのである、そして、お檀家さんから貴重なお布施をいただいてそのお布施で、食べて育ってきた。だからお坊さんになりなさい、という風に育てられたんですね。

 私は兄姉が三人おりますが、姉と妹がいて、私は真ん中で男一人。これはどうしても将来はお寺の和尚にならなくてはいけないな、ということは小さい頃から感じておりました。ああ嫌だな。あんな赤い衣装は着たくないな。キンキラキンの仮装行列のようなことはしたくないな。などと子供ながらに思っておりました。私にとって和尚になることは本当は嫌だったんです。でも祖母からそう言われて育ちました。これはやはりお寺の跡をとって住職にならなければいけない。こういう気持ちは小さい頃から有りましたね。

 それからもう一つ、私の叔父はフィリピンのルソン島で亡くなっているんです。この叔父が本当は今私が住職をしているお寺の跡を継ぐ予定だったんですが、戦争で亡くなってしまいましたので、今の私の父親、師匠がそのお寺の後を継ぐことになりました。そのときの話を小さい時から聞かされていたんですね。「お前の叔父さんは本当はこのお寺を継ぐはずだった・・」。陸軍で学徒出陣でフィリピンに出征し、病死というかほとんど餓死だったと聞きました。食べるものが無くて、身体も弱り、亡くなったそうです。そのときに、最後にと思って一握りの米を大事に袋に入れて持っていたそうです。そして亡くなる時に「俺は後がないから。これを上げるから。」と言って戦地で親しい友人にその米を渡し、その米を受け取った戦友は無事に帰ってきました。私もその戦友の方に何回かお会いしまして、叔父の亡くなった時のことを色々お聞きしました。叔父はお寺の後を継ぐということをとても強く思っていたそうでした。「代々お釈迦様から継承してきた法を継がなきゃいけない。しかしそれが自分はできない。これは最も悲しいことだ。私には弟がいるから是非伝えて欲しい。弟にお寺を任せる。」というようなことを言って亡くなっていったそうなんです。そしてその弟というのが私の父なんです。そんな話を聞いておりましたので、お寺を継ぐのは嫌だなんて思ってはいけないという気持ちもありました。そういうことで色々なことがあって、親孝行のつもりもあって、私は将来お坊さんになろうと思っておりました。そんな風にして、小学校、中学校、高校と過ごしたわけです。

 そして大学に入ります。大学は曹洞宗といえば駒澤大学ですね。駒澤大学に入って私は仏教を初めて学びました。それまでは先程言ったように嫌だったんですね。自分が信じられないことを頑張って信じて、何だか訳が分からない仏像に対して手を合わせて頭を下げるということが嫌だなと思っておりました。ところが大学に行って、本当の仏教を学ぶことができました。それで私の人生はガラッと変わりました。資料の二番目のところに「仏教とは何か」と書いてございます。そこにまず、「私と関係ある、関係ない。私は信じる、信じない。私に必要である、必要でない。」と書いてあります。私はそれ以前は、宗教とか仏教というのは、関係がある人はあるけれども無い人は無いし、信じる人は信じるけれども信じない人もいる。あるいは必要であると思う人もいるけれども必要ないという人もいる、そういうものだと思っていたんです。ところが大学に行って仏教を学んで違うなと思いました。仏教はそういうものではない、そういうことを遙かに超えた教えだ、ということを勉強しました。これはとても嬉しいことでした。

 今日はそんな話をさせて頂くわけですけれども、仏教というのは基本的にどういう教えかというと、これは本当に当たり前の教えであり、なるほどな、という教えなのです。私はそういうことを身をもって自覚してからは、信じる信じないではなくてこの教えをしっかり理解して納得できると思った。そして自分で納得できるこの教えならば、自信を持って話すことも語ることもできると思った時に、私は非常に積極的になりまして、仏教を一生懸命学ぼうと思いましたし、将来はお坊さんになりたいと本当にその時に思いました。今日は、そのような仏教のお話しをさせて頂きたいと思います。

 最初に「ブッダ・釈尊とは」と書いてございます。ちょっと難しい言葉が出て参ります。「仏教の開祖釈尊は、縁起という宇宙の真理を悟り、これに基づいた四諦説という現実問題の解決法を用い、その中の道諦すなわち八正道(中道)の実践によって自らの人生問題の解決を図り、この方法論及び実践を用いて多くの人々の苦悩を救済した偉大な人物」これは私が作った言葉ですが、お釈迦様という方は一言でいうとこういう方だったと思っております。

 さて、そこで、「縁起」とか「四諦説」とか「八正道」という言葉が出てきましたので、これについてお話しさせていただきます。「仏教はこの世界の在り方、事実を説いている」このことを、私は大学に行って学んで、気付いたんですね。まず「諸行無常」という言葉がございます。よく皆さんご存知の言葉ですね。どういう意味かというと、「諸行」とは「あらゆる物事」というような意味です。「無常」というのは常が無い、つまり常住不変ではないということでありまして、全ての物事は変化をしていくものであるということを言っているんですね。これは当たり前のことであります。この世には形ある物で変化をしない物は無い。そしてもっと私たち身近なことで具体的に言えば「人間は必ず死ぬ」ということであります。皆さんここにいる人は必ず死ぬんですね。100%です。「絶対」ということはない、と言いますが、あるんですね。100%絶対に死にます。死なないと困るんですね。いつまでも生きていますと人口が増えすぎてしまって結局全滅してしまいますので、年を取ったら早くこの世を去った方が後のためには良いのであります。私はそのくらいのつもりで居ります。でも皆さんはどうぞ長生きしてくださいね。

私はいつも思うのですが、今、私が死にますと悲しむ人が多いですので、100歳か、できれば120歳くらいまで生きて「あいつはまだ生きていたか、もう死んでいたと思っていた」と言われるくらいまで生きて、死にたいのです。そうするともう悲しむ人がいないですからね。「あ、あいつも死んだか」ぐらいで、あまり悲しまれないような死に方をしたいですね。だから皆さんまだまだ死んではいけません。精一杯生きて誰も死んでも何とも思わなくなってから死んでください。これが後の人のことを思うということですね。迷惑はかけますけれど・・・これは冗談ですけれども、とにかく人間は必ず死ぬということであります。「諸行無常」です。

 それから「諸法無我」、「あらゆる物事はおのれのものではない」というような意味なです。これは、人生は思い通りにならない、ということなんです。どうでしょうか、今日ご夫婦でおいでの方、隣の人は思い通りになるかというと、昔は思い通りになったかも知れませんが、最近は思い通りにならないなんて方もおられるかも知れません。では子供はどうかというと、子供も小さい時は思い通りになるのですが、だんだん思い通りにならなくなります。自分自身もそうですね。皆さん、自分の体も思い通りになるでしょうか。目が悪くなったり耳が遠くなったり、私も最近、膝が悪くなってきました。坐禅のし過ぎというと聞こえが良いんですけれども、何だか膝が痛いんです。ある時、急に正座ができなくなりまして、御法事に行っても正座ができくて、坐蒲という布団を持って行ってあぐらでお経をあげたこともありますけれども、本当に自分の身体でも思う通りにならない。思う通りになるのでしたら自分でハイッとやれば、ピッと座れるようになるはずでありますけれども、思い通りにならないんですね。

 大学に入ってからの私の師である酒井得元先生が、「お前は自分で心臓を動かしているか。自分で血液を循環させているか」とよくおっしゃっていました。考えてみますとそうですよね。心臓は動いているけれども自分で動かそうとして動かしているわけでもないし、血液も自然と循環しているわけですね。自分の体も自分の思い通りにはならない。食べ過ぎればお腹が痛くなり、飲み過ぎれば二日酔いになったり、自分でどこかスイッチを入れてパッとすぐ治れば良いんですが、それができないのが私たち。人生は思い通りにならないんだということ。なるほどと思います。

 そして、これは自分のものだというそういうものはないという意味も「諸法無我」という中にはございます。

 私のお寺にはですね、ハクビシンという動物が屋根裏に住んでいるんです。狸のようなイタチのような鼻筋にスッと白い線があるんですね。これがちょっとやっかいでしてね。屋根裏が住み家ですから、そこにトイレの場所もあるんです。私の寝ている所のすぐ上がどうもトイレだったらしいんですね。どうも臭いな。何で臭いんだろう。おかしいなと思っていたら、そのうち天井にシミができてきたんですね。これはこんな所で寝ていたら病気になってしまうと思い、天井裏に入って大きな声を出したりものを投げつけたりして威嚇をして追い出し作戦をしたんですね。ある時、目が合ってしまいまして、向こうも睨み付けてくるんです。ハクビシンにとっては私が侵入者なんです。ハクビシンはここが自分の家なのに変なやつが顔を出したと思っているわけです。

私は仏教を勉強しておりましたから一時は寛大になりまして、私はこの家を自分のものだと思っているけれども、それは自分の思いであって、ハクビシンにとっては屋根裏が自分の家なんだからある程度認めてあげようかとも思ったんですが、ある時、天井からシャーという音がしたんです。私はその時ハッと思ってこれは落ちてくるぞと思っていたら案の定、天井の隙間から垂れてきたんですね。その時にそれを受けとめて一滴もこぼさずにこれを処理したんですが、後から考えても我ながらよくできたなと感心するんです。実害がひどいので、かわいそうだとは思いましたけれども、ある時、思いきって改装工事をしました。ハクビシンが一切天井裏に入れないようにしたんです。お寺は建物が大きいですから一切入れないようには出来ませんが、彼らはどこか違う所をトイレにしているようです。

 このようによく考えてみると私たちは、これは自分のものだ、ここは自分の土地だ、ここの土地に建てた家は自分の家だ、私の土地に生えている木や草花は全部私のものだと思っておりますが、そんなことは人間世界の約束事に過ぎません。人間世界でここからここまではあなたのものとして帳面に書いてあるだけですね。大自然にとりましたら、私のものなど何一つ無い。いや、全てが私のものであり全てが私のものではないと言っても良いと思います。そういうようなことを私は恩師から色々と聞かされて、その都度その通りだなあと思い、仏教とはすごい教えだなと思いましたね。

 その次に「縁起」ということが書いてあります。よく縁起が良いとか縁起が悪いとかいいますが、この「縁起」というのは、「縁(よ)りて起こる」と読むこともできますし、「因縁生起」という言葉の略語であると言っても良いと思います。これは「あらゆる物事は、関係を持って存在している」ということです。

 つまり、物事には必ず原因があって、そしてそれに様々な縁(条件)が加わって結果が生じていきます。そしてまたその結果が原因となって別の様々な条件が加わって、さらに次の結果が生じていくというように、私たちの日常生活・人生はそのように展開していくということを説いたのがお釈迦さまなんですね。当たり前のことです。当たり前のことなんだけれども、その当たり前のことを2500年も前にきちんと言葉に表して示されたのがお釈迦さまで、そこが素晴らしいんですね。

 私たちはまず、「諸行無常」であるからあらゆるものは移り変わっていくんだ、そういう事実をきちんと受け入れないといけないんです。しかしこれがなかなか受け入れられないんですね。いつまでも若くいたいと思います。だんだん年を取ってきますと老化します。若いように見えても、私もシミだとかシワだとかいっぱいあるんです。

 私たちはいつまでも若くいたいと思いますが、年老いていく。変わっていくものを変わって欲しくないと思うから、苦しむのであります。だからこれを自覚することによって、苦しみから解放されるというのが仏教の教えなんですね。先ずは自覚しないといけないんです。物事は移り変わっていく、ということをしっかりと受け止めなければいけないわけです。

 そして次の「諸法無我」も、人生は思い通りにならない、ということを受け止めなければいけない。ちゃんと自覚しなくてはいけない。でも私たちは、思うようになって欲しいという願望があるんです。思い通りにしたいという願望があります。その思い通りにしたいという気持ちがあるから、思い通りにならなくて苦しむわけです。それが苦しみの原因だということも仏教は教えているわけです。

 そして、三番目の「縁起」もそうです。これは簡単に言えば、一人では生きられないということです。みんなが繋がっていて、たった一人で生きていくことはできない。全ての物事は複雑に関連し合って存在をしているということが説かれています。それを自分一人で生きていけるように思うから、そこで色々な問題が起きてくるとも仏教では説くわけですね。

 さて、この「縁起」という言葉はとても大切な言葉ですので、詳しく見ていきたいと思いますが、まずこの「縁起」には三種類あると私は考えております。先ずは「時間的因果関係」です。先程言ったように、物事には全て原因があり条件が加わって結果が生じていくということです。仏典の言葉で言いますと、「これ生ずればかれ生ず。これ滅すればかれ滅す。」です。簡単な言葉なんですが、時間的な因果関係を表した言葉です。

 これについて、笹沢佐保という作家の「もしもあのとき」という600字ほどの短い随想文がございます。その中にこんなことが書いてあります。内容は、妻を交通事故で失った男の回想です。奥さんがトラックにはねられて亡くなるんです。おもちゃ屋へ怪獣のプラモデルを買いに行く道すがら。それは子供が怪獣のプラモデルを欲しがったからです。なぜ欲しがったかというと、子供がテレビで怪獣映画を見ていた。子供が家にいてテレビを見ていたんです。その日は子供を遊園地に連れて行く予定だったけれども、連れて行ってあげなかった。だから家にいた。なぜ子供が家にいたかというと、この男は、朝、友人に誘われて麻雀に行ってしまったから。それは何故かというと、朝友人に電話をかけた。その日の朝、間違い電話があり、ついでに友人に電話をかけたのです。

なんだかよくわからない話しかもしれませんが、逆に言いますと、朝間違い電話が自宅にかかってくるわけです。間違い電話がかかってくる可能性はかなり低いですが、たまたまかかってきてしまった。まだ携帯電話が普及する前の物語ですので、電話に出て電話機の所に来たついでに、友達に電話をかけてみようと思い立って電話をかけるわけですね。そうしたら「ちょうどよかった、今日一緒に麻雀をやろうじゃないか」と誘われて、子供を遊園地に連れて行ってあげようと思っていたけれど、まあいいじゃないか、ということで麻雀に行ってしまった。そして子供は家にいることになるわけですね。家にいて怪獣のテレビをたまたま見てしまった。コマーシャルか何かで怪獣のプラモデルのコマーシャルをやっていて、子供がそれを欲しがり、お母さんが子供のおねだりに負けて、怪獣のプラモデルを買いに出かけて、その途中でトラックにはねられて死んでしまったという話です。

 このような話なのですが、間違い電話がなかったら全て無かったですよね。途中のことも、どれをとっても、どこかで道がずれて、妻が死ぬという結果にならなかった可能性もあるわけです。たまたま、このように展開して、妻が亡くなってしまった。これは作り話ですけれども、人生というのはこのように展開していくのだと思います。 「事実は小説よりも奇なり」という言葉もありますけれども、実は私たちはそういう人生を日頃生きている訳であります。全てのことには原因があって、そしてそこに様々な条件が加わっていって結果が生じていく。恐ろしいですね。私は今日この講演会が終わったらそのまま車で長野県まで自分で車を運転して帰る予定であります。この予定は動かすことはできませんが、もう一泊していく余裕があれば、どちらかを選択することになり、どちらを選択するかによって、私の今後の人生が大きく変わるということもあり得る。今日の帰路でも何が起こるかわからない。

皆さんは今日、ご自宅を出る時に「行ってきます」と言って自宅を出てきた。あるいは一人暮らしの方は、自宅を空けて出てきた方もあるかも知れませんが、もしかすると家族との今生の別れだったかも知れません。「一寸先は闇」で、二度と自宅に帰れないかも知れません、縁起でもありませんが。

しかし、私はそう思って生きています。長野県のお寺を出る時に、今は年老いた母が留守番をしてくれておりますが、「お母さん行ってきます」と言う時にこれが今生の別れとなるのかなと、そんなふうに思うこともあります。そのように生きるのが本当に無常を観じる人の生き方なんですね。そうすると喧嘩ができないんです。最後だと思うと、ここで挨拶しておかなくてはとか、気分悪く分かれたらまずいと思いますので、常に良く、良く、良くというふうに思いますね。これは無常を観じる人の生き方です。皆さんもこのように生きたらどうでしょう。一寸先のことは分からないから、自分で後悔しないような生き方をしないといけない、ということにもなるのではないかと思います。これが時間的因果関係であります。

 次に、空間的依存関係とあります。仏典の言葉で言いますと、「これ有れば、かれ有り、これ無ければ、かれ無し」という言葉で端的に書かれております。動物がいるから植物がいる。植物は二酸化炭素を吸収して酸素を放出しますね。そして動物はその酸素を吸って二酸化炭素を吐き出して生きている。両方あってこそ、互いに存在している。あるいは花と昆虫ですね。花は昆虫のために蜜をためます。そして蜜を求めて昆虫がやってきて蜜を吸って、体に花粉を付けて運んでくれるから、花は子孫が繁栄していくわけですね。誰が考えたんですかね。花が考えたんですかね。蜜をためると昆虫がやってくる、こんなこと考えるんですかね。昆虫の方はただ餌が欲しくて蜜の所に行ってたまたま花粉が付いて運んでいくわけですが、花の方が頭が良いんじゃないかと思いますね。大自然というのは本当に不思議ですね。良くできています。どっちが先なんだろう。本当にこういうことを考えると不思議です。

お釈迦さまは「これがあるからこれがあるんだ。片方だけでは存在出来ないんだ」ということに気づかれ、世の中のすべての存在は相互に複雑に関係しあって存在している、全てが繋がっていると説かれたわけです。

 私たちは呼吸をしております。原子ということで考えたらどうでしょうか。例えば酸素 O2 という時の O という原子がありますね。また、 CO2 という時の C という原子があります。実は私の吐いた息を皆さんは吸っているんですね。同じ空間の中におりますから。隣の人の吐いた息を私が吸っている。原子のレベルで考えたら、私たちは同じ原子をやり取りしているのです。だからウイルス性の病気などは、感染するわけです。これはみんな繋がっているということですね。

そして、私と自然も繋がっている。私が吐いた息の二酸化炭素が木や花に吸収されて、それが果実となり、その果実を鳥が啄んだとしますと、かつて私の体の中にあったものが、木に移り、木から鳥に移って、ということが実際にある。原子のレベルでいうとあるの。ある方がこういうことを仰っていました。「2500年ほど前にお釈迦さまがおられて呼吸をしておられた。その原子があなたの体の中にあるんですよ。必ずあるんですよ」と。これは嬉しいですよね。私の体の中には、かつてお釈迦様の身体の一部であったものも入っているし、道元禅師の身体の一部であったものも入っていると思うと、私は嬉しくなります。

先祖代々、命が伝わってきています。先程、命のお話をお伺いしました。本当に心にしみる素晴らしいお話でした。その命というものは、遙か昔から先祖代々伝わって今日の自分に至っております。十代遡りますと、1024人。二十五代遡りますと、33 , 554 , 432人。二十五代といいますと道元禅師の頃ですね。その頃の人口は三千万人はいなかったそうですけれども、ほとんどがみんな私の先祖であったということですね。そして、ここにおられる人はみんな繋がっているということになります。決して一人ひとりが独立した存在ではないということですね。そういうことが仏教で説かれているんです。

 三番目に、論理的相互関係とございます。これは、大小だとか長短だとか寒暑だとか苦楽ということであります。今日、記念に頂いたこのボールペン。さあこれは長いでしょうか短いでしょうか。こう訊かれると困りますよね。子供にそのように訊いてみると、頭の良い子がいるんですね、「何かと比べないと分からない」っていうんです。そのとおりです。このボールペンが長いか短いかをどうやって判断するかというと、別のものと比べた時に、長いとか短いとか言えるのです。これより短いものと比べると長いし、長いものと比べると短い。これよりも大きなものと比べれば小さいし、小さいものと比べれば大きい。だから、このボールペン自体は何とも言えないのです。大きいとも小さいとも長いとも短いとも冷たいとも温かいともいえないんです。これは、私たちは通常、何かと比較することによって物事を判断しているということなんですね。でも実際は、それそのものは絶対的なもの、比べられないものであるということなんです。私たち人間の一人ひとりが掛け替えのない存在であるのに、それを私たちは比べてしまうんですね。その比べるという所から、様々な問題が生じて苦悩が生じるということを仏教では説いております。

 だから、これらの仏教の教えは、事実です。そしてこういう事実を私たちは認識していないから日頃悩んだり悲しんだり苦しんだりしているんだということを仏教では説くわけです。こういうことを、私は駒澤大学で学びました。学んでいる内になるほどその通りだと全て思いました。

 その頃から私の思いは変わりまして、仏教は素晴らしいのだから、これを大いに一般の人に伝えて行かなきゃいけない。そうじゃないと仏教が誤解されてしまう。そんなふうにも思いましたし、その後ますます仏教の勉強をしたくなったわけです。

 次に「仏教は生きる智慧を説いている」ということをお話しいたします。仏教の人生問題解決方法とも言える教えに「四諦説」があります。「四諦説」というのは「苦諦・集諦・滅諦・道諦」というこの四つです。まず「苦諦」というのは、人生は苦であるという大前提であります。なぜかというと、人生には「生苦・老苦・病苦・死苦」という決して避けることのできない四つの苦しみがありからです。まず「生苦」。生まれてきたということ、これはもう避けることができませんね、私たちは生まれてきてしまいました。そうしますとここで「老苦」。必ず年を取っていきます。「病苦」病気にもなります。そして「死苦」、いずれは死を迎えなければいけない。これは決して私たちが避けることのできない苦しみです。

 こうして私たちは実際にここに生まれてきたわけですが、道元禅師は、みんな願いを持って生まれてきたんだよ、願って生まれてきたんだよ、ということを説かれております。『修証義』というお経の中に「願生此娑婆国土し来れり」という言葉がありますけれども、「願生」願い生まれてきた、と示されています。

 最初に私の伯父が戦死している話をしましたけれども、もし伯父が戦死しないで帰ってきたとしたら、伯父が常圓寺(現在私が住職をしている寺)の住職になって、おそらく今の私の母と結婚していたと思うんですね。でも、その弟であった父が住職になったので、今の私の母と結婚して私が生まれたわけです。私はある時、「伯父さんが生きて帰ってくれば良かったとも思うけれども、もしそうだったら僕は生まれてこなかったな」と父に言ったんです。そうしたら父が上手いこと言いましてね。「いや、お前は必ず生まれてきた。「願生」と言うんだ。人間は、お父さんお母さんを選んで、自分で願って生まれてくるのであって、誰と誰が結ばれたからそれで生まれてくるのではない。人間というのは自ら願い生まれてくるのだから、お前は必ず生まれてきたんだ」というふうに言ってくれました。それはとても嬉しいことでした。

 さて、「四諦説」の苦諦でありますが、私たちはこうして生まれてきて、生老病死という四つの苦しみがある。そしてまた「愛別離苦」……愛する者と別離しなくてはならない苦しみ。いずれ皆さんも自分の妻・夫と死別という形で別離しなければいけない。愛する者と別離するというのは恋人同士が離ればなれになるということもありますし、親子兄弟夫婦というものが、死別するという苦しみでもあります。これが愛別離苦です。

 それから、「怨憎会苦」……怨み、憎む者とも会わなければならない苦しみ。学生さんに言うんです。一般社会に出れば、同僚だとか上司だとか後輩だとか色々な人との人間関係のなかで生きていかなければならない。全て自分のまわりの人が自分の気に入った人であるとは限らないし、性格が合わない人もいるし、いじめたりいじめられたりということもある。怨み憎む者とも会わなければならないのが私たちの人生・社会である、ということも自覚しないといけないと。そして、怨憎会苦には、我が子を殺されたその加害者とも法廷で会わなければならないという苦しみもあるでしょう。私たちはこのような苦しみを、人生の中で経験しなくてはならないというのがこの怨憎会苦であります。

 それから「求不得苦」……求めても求めても得ることが出来ない苦しみ。求めて得られるものもあります。ただ、得られた時には満足するけれども、その得られたものがだんだん変わって行ってしまうんですね。古くなっていったり故障していったりということで、また私たちは苦しみますし、最終的にそれを手放さなくてはならなくなった時に苦しみますから、求不得苦ということは真実だと思いますね。私たちには求める心、欲しいという気持ちがあるから、そこで様々な苦しみを受けなくてはならない。

 それから次は「五蘊盛苦」……肉体や心の働きが盛んであるがゆえの苦しみ、ということです。年を取りますと食欲も睡眠欲も性欲も色々な欲が無くなってくるので、だんだん楽になってくるんですけれども、若いうちはこれらの欲が盛んですから、苦しむのですね。身体の働きが盛んであるがゆえに様々な苦しみを受けなければならない、ということであります。

 「苦諦」の原因を見てみると、苦の原因は妄執・渇愛という非常に強い欲望、たとえば喉が渇いた時にどうしても水が飲みたいと思うような非常に強い欲望ですね。そういうものによって私たちは苦しみを受けるのだということです。

 ただ、欲望というものは必要なものです。これはきちんと自覚していないといけないのですが、例えば食欲ということを例にしますと、食欲があるということはありがたいことなんです。私の知人に食欲の無い人がいます。病気のために食欲を感じないんです。そうしますとこれが困るのです。食べるのが面倒なんです。食べたくも無いし、食べても満足感が得られない。だから頑張って食べないといけない。食べるのが苦痛になるそうですね。こういう方を見ていると、食欲があるということは有難いことなのだなと思うんです。また、睡眠欲、眠くなるということもありがたいことですね。眠くならなかったら眠られないし、身体を休めるために無理して何時間も横になっていなければならないとすれば、眠ることが苦痛になってしまう。

だから欲そのものを仏教では否定しているわけではないのです。その欲というものが過剰になってしまうと苦しみを受けるので、過度な欲望を戒めるのです。例えばグルメなんて言いますけれども、私たちには、美味しいものを食べたい、好きなものだけ食べたいという欲望があります。それが度を過ぎると、病気になります。身体を害することになります。この辺のところのバランスが大切なのです。だから仏教では「中道」ということを説いていますね。バランスの良い生き方ということを説いております。

 次に、「四諦説」の「集諦」ですが、強い欲望が私たちに苦しみを与えているという真実です。

 そして次の「滅諦」というのは、苦の原因である渇愛を除くことによって苦は消滅するということです。何事もそうですが、苦しみを感じたら、その原因を突きとめる、その原因を解決するということが大切であります。

 病気でもそうですよね。お医者さんは患者さんから病気の状態を訊くわけですね。ここが痛いとかここが気持ちが悪いとか、患者さんがお医者さんに言う。そうすると今度はお医者さんが診察をするわけですね。診察をしてその人の身体を診る。そこでまず一番肝腎なのが、病気の原因を突きとめるということですね。その原因を突きとめられるかどうか、名医であるかそうでないかはそこによるんだと思うんです。名医であればきちんと原因を突きとめる。ところがその原因を突きとめるということがきちんと出来ないと、いくら薬を飲んでも対処をしても改善されないわけですね。原因が正しく分かれば、その原因をなくせばよいということがこの「滅諦」ということなのであります。

 私の師匠(父親)は、癌でなくなりました。腎臓癌でした。発見が遅れて、あちこちに転移してしまっていて、最終的には亡くなってしまいました。腎臓癌であることは、かなり病気が進行するまでわかりませんでした。癌が大きくなって大腸が圧迫されて大便が出なくなって、これはおかしいということで、やっと分かったんです。どうして分からなかったんだろうと、そこは悔やんでも悔やみきれないのですが、原因が分からなかったために、腎臓が悪かったのですけれども心臓や肺の治療をしていたんですね。お医者さんに恵まれていたら、もしかしたら原因が早期に見つかって、もっと長生きしていたかも知れません。原因をしっかりと突きとめるということは大切なことですね。医学でもそうですし、仏教でもそうなんです。

 そして「四諦説」の最後の「道諦」。では、どうしたらその苦しみを消滅させることができるのだろうか、何を実践したらよいのか、というのが「道諦」ということでます。

 それが八正道の実践です。

一番目が「正見」……正しい見解・信仰。何か事業をなす場合の全体的な将来的な見通し。これは素晴らしいですね。仏教では「自分さえ良ければ」ではなくて、「みんなが良いように」というふうに考えます。そして「今さえ良ければ」ではなくて、「将来的にも良いように」と考える。それが「正見」ということであります。

 二番目が「正思惟」……正しい意志・決意。自分の立場役割などを正しく考えて思惟すること。

 三番目が「正語」……正しい言語的行為。嘘を言わない、悪口を言わない、無駄なことを言わない。

 四番目が「正業」……正しい身体的行為。殺さない、傷つけない、暴力をふるわない、盗まない。

 五番目が「正命」……正しい生活方法。規則正しい生活をする。

 六番目が「正精進」……正しい努力・勇気。正しい方向に向かって努力する。

 七番目が「正念」……正しい意識・注意。常に意識をしっかりと持つ。うっかりぼんやりとしない。

 八番目が「正定」……正しい精神統一。心を静め精神を安定させる。冷静になっていなければ正しい判断はできない。

 仏教では、これらの八つの実践を説いております。私はこの仏教の「四諦八正道説」というのは、時代を超え地域を越えて普遍的に、現実の様々な問題の解決を行うための方法であり実践であると思っております。すべての物事の解決方法は、とにかく現実がどうなっているのかということをきちんと知って、そしてその現実がもし苦しいことであればその原因を突きとめて、そしてその原因を無くすことによって、物事を解決していくという方法論です。

 お釈迦様は、人々の悩みを聞きながら、このような方法をとったということですね。まず相手の言うことを良く聞いて理解して、この人は何故苦しんでいるのだろう、何が原因なのだろうということをよくよく考えて、原因が分かれば、それを除く方法を教えてあげて、そしてそれによってその人が救われていく。個人個人に対してそういうことをお釈迦様がされて、人々を救っていかれたんですね。それでだんだんに救われる人が増えていって、人々の間で有名になって、お釈迦様の所に行けば色々な悩みや苦しみを解決してくれるということになって、多くの人々の帰依を受けるようになり、後にその教えがまとめられて、仏教となり、その開祖となったのが、お釈迦様であろうと思います。

 その基本に「縁起説」や「四諦八正道説」があったんですね。

 「仏教と現代」という今日のこの演題でございますが、こういう教えを現代社会で、もっともっとお話をして、役に立て頂けたら、すばらしいことです。

 さあ、次に「禅」とはなにか、ということでございます。今日は「禅をきく会」ですので、禅のことを中心にお話ししなければならないのでしょうが、仏教の話しが多くなってしまいました。

さて、私は駒澤大学に入学して仏教を勉強して、これは本当にきちんと理解できるし、事実だなということを強く感じました。それで、仏教の本来の教えを積極的に勉強しましたし、他人にもきちんと説いていけると思ったのです。

その次に出会ったのが「禅」です。これが非常に難しかったのです。なかなか頭で理解することが難しい教えでした。私は今大学では『正法眼蔵』という大変難しい道元禅師の著作の勉強をしております。それが私の一番中心の勉強なのですが、本当に分かりません。私は大学で学生に『正法眼蔵』を教えているのですが、実は私自身、半分くらいしか分からないのです。そんなことを言うと頼りないと思われるかも知れませんが、実際半分くらいしか分かりません。後はこれからだんだんに勉強していきたいと思っております。学生時代は、ちんぷんかんぷんだったですね。教えを受けた酒井得元先生に質問に行きますと、「お前らに分かってたまるか!」って言われたのですよね。まだまだお前たちには分からないだろう、分からなくて良いのだ、ということでした。私は、なにくそ、絶対分かってやる、と思いました。そして、分からないからこそ勉強を続けてこられたのだと思います。大学時代からもう三十年くらい『正法眼蔵』の勉強をしております。しかし、分からないところが多々あります。でも分かる時もあるんです。ここはこういうことだったのか、と分かった時に非常に嬉しいんですね。そんなことで続けられているのかも知れません。

 「禅」に出会って、かえって仏教の深遠さを知りました。「あたりまえの教え」である仏教の難しさを知ったのです。「己事究明」という言葉があります。自分自身を明らかにするということです。有名な道元禅師のお言葉があります。

「仏道をならふといふは、自己をならふ也。自己をならふといふは、自己をわするるなり。自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり。万法に証せらるるといふは自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。」

分かりますか皆さん、これを読んで、パッと分かったという人がいたら素晴らしいですね。私はいまだによく分かりません。言葉は解るんですよ。解釈はできるんです。「仏道をならうということは自分自身をならうということである。自分自身をならうということは、自分自身を忘れるということである。」言葉では分かるのですが、何を示しているのかは、難しい。

 仏の道を学ぶということは、難しい経典を学ぶことではないんですね。自分とは何か、自分自身とはどういう存在なのか、ということを自分自身で学ぶということが実は仏の道を学ぶということである、ということです。自分自身を良く見つめてみますと、自分の心の中には吾我の心、エゴの心、自分中心の考え方というのがあるんですね。そしてそのエゴの自己があるがために、他人と自分を区別して、比較をします。そして対立したり、競争したりするのです。競争すると勝ち負けとか損得が出来てきて、その競争の中で地位とか名誉とか財産を競っていくというような社会の構造になっていると思われます。そのもとのところには、「吾我」があるんです。自分が可愛い。自分中心的な考え方があるのです。

 他の家族より自分の家族、他の県より自分の県、他の国より自分の国というように、私たちは自分自身により近いものを大切にするという思いがどうしてもあるんです。だからそういうことが原因となっていて、対立したり競争したりして、様々な苦しみが生じてくるということになります。だから「自己をならふといふは、自己をわするるなり」で、自分自身を見つめてみると、この「おれが、おれが」の吾我の心を忘れる、制御していかないといけないんだなということが分かってくるわけです。そして「おれが、おれが」という自己中心的な考え方を止めることができると、「万法に証せらるるなり」で、他の人々と協調し、大自然と一体となることが出来るということですね。「万法に証せらるる」つまり大自然に悟らされるということは、自分が悟るんじゃない。悟りの世界へ仲間入りをする。自分が悟りの中に飛び込んでいくというような意味になります。そういう時にどうなるかというと、自分と他人の隔てが無くなっていくというのが、「自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり」、自分の身体も心も他人の身体も心も区別が無くなってしまうということであります。

私は大学院に入る時に、永平寺での修行という二年間のブランクがあったので、指導教授の酒井得元先生に「私は大学院の試験に合格できるでしょうか」と相談した時に、「いいじゃないか、お前が落ちれば誰か他のやつが受かるんだから」とそっけなく言われました。それはそうですよね、定員が5人だとすると、私が合格すれば誰かが落ちるんです。私が落ちたらその分誰かが合格するんですから。でも、その時は薄情な先生だなあと内心思いましたけれども、「私さえ受かれば良いという思いでいたら、お前は学者としても僧侶としても一人前になれない」ということを教えてくれたんでしょうね。それがまさに、修行の出発点にはそういうものがなけれないけない。人を打ち負かしてわれ先にというようなことではろくな坊さんにはなれないということをその時に教えてくださったのです。これは今から思えばありがたい教えであったと思っております。

 ところで、禅といえば、「不立文字、教外別伝。直指人心、見性成仏」という標語があります。知的に仏教を勉強するだけではダメであり、先ほど申し上げた「己事究明」をする。自分自身を明らかに知る、ということが大切であって、そのためには実参実究をしなければいけない。実践実修が大切であるということです。これが禅の本質であるということを示しております。

 当たり前の素晴らしさを自覚し、ありのままを生きる、ということでもあります。道元禅師は中国で修行され、如浄禅師のもとでさとりを開かれて帰国され、その後、上堂(弟子達への説法)で次のように示されています。

「私はそれほど多くの修行道場を巡り歩いたわけではないが、ただたまたま中国で如浄禅師にお会いすることができて、たちどころに眼横鼻直という当たり前のことをはっきりと会得してそれ以後は誰にも惑わされることはなく、空手(何も持たず)に故郷に帰ってきた。だから特別に持ち帰ってきた仏の教えというものはほんの僅かもない。今は時の過ぎゆくままに時を過ごしているだけである。毎朝太陽は東より昇り、毎夜月は西に沈んでいく。雲が収まると山並みが現れ、雨が上がり青空が広がると四方の山々が低く見える。その他に特別な仏法、仏の教えはない」

当たり前の素晴らしさを自覚して、ありのままを生きる、そのような生き方で良いということがわかった、と言われるのです。

 先程申しました通り、私の師匠(父)はガンで亡くなっておりますけれども、病床にあって、

「災難に遭時節には災難に遭ふがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。是はこれ災難をのがるる妙法にて候。」

という良寛禅師の言葉を語り、良寛さんのようにはなれないな、と言っておりました。災難に遭う時には遭えば良いんだ、死ぬ時には死ぬ、病気の時には病気になれば良い、そういう心境になるのはなかなか難しいですね。しかしそれが、禅の生き方なんだと思います。

 正岡子規の『病牀六尺』に、

「予は今まで禅宗のいはゆる悟りといふことを誤解して居た。悟りといふことは如何なる場合にも平気で死ぬることかと思って居たのは間違ひで、悟りといふことは如何なる場合にも平気で生きて居ることであった。」

これも、師匠は「いかなる時にも平気で生きていく」、これも難しいことだと言っておりました。病気で苦しいわけですよね。辛く苦しいのにその時に平気で生きていけるかどうか。これは大変なことであります。でも、それが本当の悟りであるということは私は事実だと思います。

 もうあまり時間がありませんので、最後に坐禅のお話しをさせて頂きます。これから皆さん、椅子坐禅を実践していただくのですね。是非していって下さい。

坐禅というのは本当に素晴らしい行であります。曹洞宗においては坐禅をするのに「目的を持ってはいけない」「思惑を持ってはいけない」「打算的になってはいけない」ということを言います。だから、ただ坐るのです。沢木興道老師は、「坐禅しても何にもならん」と仰っています。「何にもならん」というのは、私たち人間の欲望を満たすためにすることが本当の坐禅ではないということを仰っているのです。実は坐禅には素晴らしい功徳があると道元禅師は『弁道話』という著作の中で、大いに賛嘆されています。

 私は毎週、長野県と東京を往復しています。高速バスを利用することが多いのですが、渋滞に巻き込まれますと、イライラしてしまいます。イライラしてきますと、落ち着かなくなって、苦しくなって、具合が悪くなるようなことも以前ありました。そのような中で、自分自身をいろいろと観察して、呼吸法がとても大切だということに気付きました。最初に皆さん「欠気一息」をしましたね。大きく息を吸って、吐きます。「ため息」と同じなんです。「ため息をつく」というのは、実は私たちが苦しくて悲しくてどうしようもない時に自然と身体がさせるのです。自然とため息をつくのです。なぜかというと、今の辛い状態を和らげる効果があるからだと思うんです。だから私たちは「ため息をつく」のです。これはとても大切なことで、坐禅の前には必ずこの「欠気一息」ということをします。深呼吸をすることによって、苦しさや辛さが緩和されるのです。心が落ち着いて、安定するのです。

私たちは頭の中で色々なことを考えるから、それが肉体にも影響して具合が悪くなり、何か思い悩んだりすると身体も弱ってしまうということがあります。これを克服するためには、呼吸法がとても大切だと思います。目を閉じて息を吸ったり吐いたりしていますと、鼻の所を息が出たり入ったりする。そのところに気持ちを持って行く。あるいは、このお腹がへこんだりふくらんだりしている、そのところに気持ちを持って行く。そういうことによって頭の中で色々考えないようにするんですね。何も考えないということは、実は無意味なことではなくて、とても大切なことだということが医学や科学の分野でも研究されて分かってきました。今日は詳しくお話しは出来ませんが、この後の椅子坐禅ではご自分で実感して頂きたいと思います。

 最後に一つだけお話ししておきたいことがございます。NHK教育テレビの「こころの時代」でも最終回とその前の二回、申し上げました。道元禅師というと坐禅が強調されます。もちろん坐禅が一番大切な行ですが、ここに、やはり道元禅師が強調される「自未得度先度他」という言葉をご紹介させていただきます。私はこの言葉が非常に重要であると最近思うようになりました。道元禅師の教えとして、坐禅と並ぶくらいにこの言葉は重要であると思うのです。これはどういう言葉かというと、「自ら度らざる先に他を先ずまず度す」と読みます。「お彼岸」が終わりましたけれども、お彼岸というのは、こちら側の岸(此岸)に対してあちら側の岸(彼岸)のことです。あちら側の岸、つまり理想的な仏の世界に渡る修行の期間が春と秋の「お彼岸」ということであります。こちら側の岸は、私たちの現実の迷いの世界。そして、川向こうにあるあちら岸というのは、悟りの理想的な世界です。

道元禅師は、自分があちら岸に渡(度)る前に、こちら岸の人を全てあちら岸に渡してあげる、ということが僧侶のつとめなんだということを仰っているのですね。自分は最後に渡るのです。いや、衆生は大勢いますから、全員を先に渡すことは不可能ですから、自分はこちらの岸にずーっといることになるのです。そして、こちら岸にいて衆生を救い、助け、利益を与えるというのはどういうことかというと、相手の望みや願いを叶えてあげることが「救う」ということではなく、相手にも、自未得度先度他」の心、私より先にどうぞ、という気持ちを起こさせることが、その相手を本当に救うことになるんだということを道元禅師は仰っています。

だから私たち僧侶のつとめは、そういう人を一人でも多く作ることだということなんですね。こちら岸、つまり今のこの世界にいて、「私より先にどうぞ」という人を一人ずつ増やしていく。そうして増やしていって、もし仮に、仮にですが、全ての人がそういう心を持った時にどうなるのかというと、あちら岸に渡る人がいなくなるんです。いなくなるということはどういうことかというと、あちら岸が必要なくなってしまうんです。実は、その時にこそ、こちら岸(迷いの世界)があちら岸(仏の世界)になるんですね。あちら岸に渡るのではなく、こちら岸を理想的な世界にしましょうというのが道元禅師の本当のお心であったということが、私は最近分かったんです。それこそが悟りであると。悟りというのは、まさにこの「自未得度先度他」、自分のことよりもまず他人のことを思うような生き方。そういう生き方をしていくということだということがわかりました。

もうひとつ、「柔軟心」ということについてお話しさせて下さい。坐禅をして道元禅師は身心脱落という悟りを開かれました。悟りを開いて何を得られたかというと、「柔軟心を得た」と仰っているんです。柔軟な心であります。自由自在な柔軟な心です。この心を持つためには、やはり坐禅という行が最も大切なんだということです。

どうぞ皆さん私のお話はこれで終わりますけれども、これから椅子坐禅を是非体験して頂いて、出来れば菩提寺様で坐禅の行も体験して頂いて、この坐禅の行を続けていますと、自然と自分の心が柔軟な心になっていく。一人一人が柔軟な心を持つことが、現代社会をより良くしていくことではないかと思うのです。

 今日は「仏教と現代」という題でお話をさせていただきましたが、これからの時代、本当に仏教的な見方・考え方・生き方というものが必要とされる時代が来た、まさにそういう時代が訪れているんだということを私は実感しております。

 私のお話はこれで終わらせて頂きます。長い時間一生懸命に聞いて頂きましてありがとうございました。またお会いできるか分かりません。人間はいつ死ぬか分からないのです。これが最後になるかも知れませんが、もしまたお会いできればお会いしたいと思います。

 どうもありがとうございました。(終)