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  ■詩の紹介

テーマ 「生命」

    帰 郷          谷川 俊太郎

    私が生まれた時     私の重さだけ地が泣いた

    私は少量の天と地でつくられた    別に息をふきかけないでもよかった

    天も地も生きていたから

    私が生まれた時      庭の栗の木が一寸ふり向いた

    私は一瞬泣きやんだ     別に天使が木をゆすぶった訳でもない

    私と木とは兄弟だったのだから


     私が生まれた時     世界(コスモス)は忙しい中を微笑んだ

    私は直ちに幸せを知った     別に人に愛されたからでもない

    私は只世界(コスモス)の中に生きるすばらしさに気づいたのだ

    
     やがて死が私を古い秩序にくり入れる     それが帰ることなのだ……

                              『谷川俊太郎詩集 続』(思潮社)所収

 「因縁仮和合」=すべての存在は、さまざまなものが縁のままに結びついてできている
  =のさまを表している詩であると思います。
  世界とぶっ続きの生命の様子を表現しています。


   生命(いのち)は       吉野  弘

   生命は
    自分自身だけでは完結できないようにつくられているらしい

   花も
    めしべとおしべが揃っているだけでは

   不充分で

   虫や風が訪れて

   めしべとおしべを仲立ちする

 

   生命はすべて

   その中に欠如を抱(いだ)き

   それを他者から満たしてもらうのだ

 

   私は今日、

   どこかの花のための

   虻(あぶ)だったかもしれない

   そして明日は

   誰かが

   私という花のための

   虻であるかもしれない

                                   『吉野弘全詩集』(青土社)所収

私たちの存在の基底にある「諸縁和合」のさまを、美しく描いたものとして読むことのできる作品です。特に最終連が、互いにつながりあっている実感を、私たちに伝えてくれます。
                                    (茨城県安禅寺 住職 染谷典秀)