詩の紹介

テーマ 「生命」

帰 郷

谷川 俊太郎

私が生まれた時私の重さだけ地が泣いた

私は少量の天と地でつくられた別に息をふきかけないでもよかった

天も地も生きていたから
私が生まれた時庭の栗の木が一寸ふり向いた

私は一瞬泣きやんだ別に天使が木をゆすぶった訳でもない

私と木とは兄弟だったのだから


私が生まれた時世界(コスモス)は忙しい中を微笑んだ

私は直ちに幸せを知った別に人に愛されたからでもない

私は只世界(コスモス)の中に生きるすばらしさに気づいたのだ


やがて死が私を古い秩序にくり入れるそれが帰ることなのだ……

『谷川俊太郎詩集続』(思潮社)所収

「因縁仮和合」=すべての存在は、さまざまなものが縁のままに結びついてできている=のさまを表している詩であると思います。
世界とぶっ続きの生命の様子を表現しています。

生命(いのち)は

吉野 弘

生命は
自分自身だけでは完結できないようにつくられているらしい

花も
めしべとおしべが揃っているだけでは

不充分で

虫や風が訪れて

めしべとおしべを仲立ちする

生命はすべて

その中に欠如を抱(いだ)き

それを他者から満たしてもらうのだ

私は今日、

どこかの花のための

虻(あぶ)だったかもしれない

そして明日は

誰かが

私という花のための

虻であるかもしれない

『吉野弘全詩集』(青土社)所収

 私たちの存在の基底にある「諸縁和合」のさまを、美しく描いたものとして読むことのできる作品です。特に最終連が、互いにつながりあっている実感を、私たちに伝えてくれます。
(茨城県安禅寺住職染谷典秀)